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東京高等裁判所 昭和36年(う)1072号 判決

被告人 李得竜 外二名

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

検察官の控訴趣意について

所論の要旨は原判決は罪となるべき事実として第一、被告人李は、一、昭和三十五年二月十七日税関の許可を受けないで輸入した関税未納の韓国産乾海苔七万枚を保管し、二、同年二月十八日同様関税未納の韓国産乾海苔十二万枚を保管し、三、同年二月十九日同様の関税未納の韓国産乾海苔十九万九千七百枚を保管し、第二、被告人中村同原田は共謀の上一、昭和三十五年二月十七日被告人李から右第一の一の関税未納の韓国産乾海苔七万枚を代金三十六万円にて買受け、二、同年二月十八日被告人李から右第一の二の関税未納の韓国産乾海苔十二万枚を代金六十一万二千円にて買受けた事実を認定したが、(一)右第一の三の十九万九千七百枚のうち十七万九千七百枚は司法警察員により差押を受け三百枚は押収を続け十七万九千四百枚は昭和三十五年五月二十四日八十万七千三百円で換価処分され、うち二万枚は株式会社茅野商店が従業員笠原一美の手により買受け、同会社が通告処分の履行として東京税関に納付し国庫に帰属していること、(二)右第一の一、二、第二の一、二の合計十九万枚は被告人李から被告人中村同原田へ、被告人中村同原田から更らに株式会社三五屋商店が従業員佐野正義の手により買受け、右のうち十七万四千四百枚は昭和三十五年四月七日右会社が通告処分の履行として東京税関に納付し国庫に帰属しまた、うち一万五千六百枚は右会社が他に売却し、没収できないものとして通告処分によりこれに相当する六万四千円の追徴を命ぜられ、右会社に於て東京税関に納付し履行済であることはいずれも原判決認定のとおりである。然るに原判決は被告人李から右韓国産乾海苔十七万九千四百枚の換価金八十万七千三百円及び押収に係る同海苔三百枚を没収したのみで他の二万枚及び十九万枚合計二十一万枚の価格八十万二千円の追徴、被告人中村同原田に対する同海苔十九万枚の価格七十八万二千円の追徴をしていない。原判決はこれ等追徴をしない理由として没収不能の原因が犯人の任意的行為によつたものでなく、他事件による通告処分という国家的行為に基く場合は当該物件を関税法第百十八条第二項にいうところの没収することができない場合に該当するものであり、また一万五千六百枚についても既にその追徴金が国庫に納付履行している場合重ねて追徴するのは不合理であると云うに在る。然し(一)関税法第百十八条による没収及び追徴は単に不正の利益を犯人の手に留めさせないためこれを剥奪する趣意だけでなく、これ等関税法違反の輸入貨物又はこれに代わるべき価格等が犯人の手に存在することを禁止し、犯罪の取締を厳に励行せんとする趣旨で本件のように犯罪貨物が順次取得された場合右趣旨によれば後に犯罪貨物を取得したものが没収または追徴を命ぜられ、或は、通告処分の結果犯罪貨物または追徴相当額が税関に納付されたとしてもなお前者たる譲渡人等から犯罪貨物に相当する価格を追徴する法意であるとみるべきである。若し原判決のように解するならば後段階の譲受人のみ不利益を蒙り前段階の譲受人には犯罪貨物に代わるべき価格がその手裡に存することとなり犯罪貨物を早く処分した方が有利となり犯罪貨物の没収を困難ならしむることとなる、また本件のように犯罪貨物が順次譲渡された場合各犯罪はいずれも別個で共犯のように多数の犯人が一個の犯罪に加功したものでないから各別に没収及び追徴の規定が適用さるべきものであることは云うまでもない。従つて後段階の譲受人が税関の通告処分を受け犯罪貨物また追徴金相当額を税関に納付したとしても前段階の犯人に追徴を命ずべきことは云うまでもない。実際上も前段階の犯人が任意的行為により犯罪貨物を後段階の犯人に譲渡した場合没収することができない場合を招来したのだから関税法第百十八条第二項に没収することができない場合として追徴すべきこと当然である。なおこの点に関する昭和三十三年四月十六日最高裁判所大法廷判決は事案を異にし本件に適切でない。(二)関税法第十八条第一項第一号及び第二号の規定はいわゆる善意の第三者を保護するため設けられた例外規定で本件のような前段階の悪意の者を保護する趣旨でない。

昭和三十三年一月三十日最高裁判所第一小法廷判決は旧関税法第八十三条第三項の犯人とは密輸入者等及びその従犯教唆犯、知情の運搬、寄蔵、収受、故買又は牙保をなしたものをも包含する旨説示し、進んで前段階後段階のいずれの犯人が没収または追徴を了すれば該当犯人から追徴しないというような趣旨を判示したものでない。これを要するに原判決は関税法第百十八条第一項第二項の解釈を誤り被告人三名に科すべき追徴を命じなかつたもので到底破棄を免れないというに在る。

よつて記録を精査検討するに、原判決が罪となるべき事実として、第一、被告人李は一、昭和三十五年二月十七日関税未納の韓国産乾海苔七万枚を保管し、二、同年二月十八日前同様関税未納の韓国産乾海苔十二万枚を保管し、三、同年二月十九日同じく関税未納品韓国産乾海苔十九万九千七百枚を保管し、第二、被告人中村同原田は共謀の上一、昭和三十五年二月十七日被告人李から右第一の一の関税未納の韓国産乾海苔七万枚を代金三十六万円にて買受け、二、同年二月十八日被告人李から右第一の二の関税未納の韓国産乾海苔十二万枚を代金六十一万二千円にて買受けた事実を認定判示し、更らに(一)右第一の三の十七万九千七百枚は司法警察員により差押を受け、三百枚は押収を受け、十七万九千四百枚は昭和三十五年五月二十四日八十万七千三百円で換価処分され、うち二万枚は株式会社茅野商店が買受け、関税法上の犯則事件として同会社が通告処分の履行として東京税関に納付し国庫に帰属していること、(二)右第一の一、二第二の一、二該当の十九万枚は被告人李から被告人中村同原田へ、被告人中村同原田から株式会社三五屋商店へ売渡され、右のうち十七万四千四百枚分については三五屋商店の関税法上の犯則事件として三五屋商店が通告処分を受け、これが履行として東京税関に納付し国庫に帰属し、またうち一万五千六百枚は三五屋商店が他に売却し、没収することができないものとして通告処分によりこれに相当する六万四千円の追徴を命ぜられ、右会社に於て東京税関に納付し履行済であることいずれも所論摘録のとおりである。

以上の事実関係に於て原判決は被告人李から韓国産乾海苔十七万九千四百枚の換価代金八十万七千三百円及び押収に係る同乾海苔三百枚を没収したのみで他の二万枚及十九万枚合計二十一万枚の価格八十七万二千円の追徴、被告人中村同原田に対する第二の一、二の同乾海苔十九万枚の価格七十八万二千円の追徴をしていないことも明白である。

所論は原判決が被告人李から韓国産乾海苔十七万九千四百枚の換価代金及び押収の同上三百枚のみを没収し、被告人李から他の同上二万枚及び十九万枚の価格、被告人中村同原田から原判示第二の一、二該当の同上十九万枚分の価格は追徴の言渡をなさず、その理由として原判示第一の三該当の残二万枚、原判示第一の一、二、第二の一、二該当の十七万四千四百枚は株式会社茅野海苔店及び株式会社三五屋商店に於て通告処分の履行として国庫に帰属済であり、右は被告人の任意的行為によつたものでなく、他事件に於ける通告処分という国家的行為に基くもので関税法第百十八条第二項にいわゆる没収することができない場合で従つて追徴は許されず、原判示第一の一、二及び第二の一、二該当の残一万五千六百枚は右三五屋商店に於て通告処分の履行として追徴金を国庫に納付済で重ねて他の被告人等にこれが追徴を命ずるは不合理であると説示し、これ等追徴しなかつたのは被告人李同中村同原田に対し没収及び追徴に関する関税法第百十八条の適用を誤つたものでその誤が判決に影響を及ぼすこと明らかであると主張する。

旧関税法上別事件に於て犯罪に供した物件につき有罪判決が確定し、その執行として該物件を売却し、その代金を国庫の歳入に組み入れ没収の執行を終つたときは右物件の価格を犯人から追徴することは許されないことは昭和三十三年四月十六日宣告最高裁判所大法廷判決の示すところで、事案は犯罪に供した船舶で本件のように犯罪貨物に関するものでないが、本件のような犯罪貨物に対してもこれと同様に解するを相当とする。即ち所論の原判決が追徴を命じなかつた分は確定判決の執行と同様いずれも通告処分の履行により処分済となりこれが履行として韓国産乾海苔は国庫に帰属済であり価格は国庫に納付済であるので関税法第百十八条を適用して没収または追徴を命ずべき対象がなくなり、同法条を適用して没収または追徴を命ずることができないこと云うまでもない。原判決が所論追徴を命じなかつた理由は兎に角これが追徴を命じなかつたのは正当であつて、論旨は理由がない。

(その余の判決理由は省略する。)

(裁判官 滝沢太助 鈴木良一 司波実)

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